雨屋。
夕暮れの風が気持ちいいものだから、私は散歩コースを変更した。いつもの角を曲がらずにまっすぐ→なんとなく右→なんとなく左に曲がる。一軒の店が目に入る。「雨屋」。表札くらいのちいさな看板。店に入ってみると、そこだけ雨の音で満たされていた。ザーーーーーーザーーーーーーザーーーーーーこの前、傘をなくした私は(いい傘ないかなー)と探してみる。「あのう、折りたたみ傘、ありますか」私は店の女性に聞いた。「うち、傘、おいてないんですよ」店の名前といい、雨のBGMといい、少なく見積もっても1万%くらいは傘が売ってあると思ったので、私はかなり驚いた顔をしていたとおもう。「雨の音のレコードや、雨の匂いがするウイスキーなどはあるのですが…」申し訳なさそうに女性はこたえた。「このキャンディは?」私は雨屋に興味を抱きはじめていた。「こちらは夕立キャンディです。雨が降りはじめた時に口に入れると、晴れ間が見える頃に味が変わるのです。雨あじから晴あじに」私は迷わず夕立キャンディを買った。次の夕立はいつだろう。今から待ち遠しくてたまらない。雨屋を出てしばらく歩いていると、ほっぺたを雨粒が(かすった)と感じた。と、次の瞬間、ザーーーーーーーーーザーーーーーーーーーと天から夕立が落ちてきた。私は即座にキャンディーを一粒口に入れる。盛大に雨に濡れながら、散歩の続きを楽しむことにした。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。