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画家とモデル。

古いエレヴェーターのボタンを押す。数字の4。脇に挟んだクラッチバッグには、口紅1本と紙幣2枚だけ。(バッグが膨らむ無粋を彼女は恐れていた)鈍い音をたてながら上昇していく箱の中は、彼女がスイッチする場所。秘書から絵のモデルへと変わる瞬間。エレヴェーターのドアがあくと、インディゴブルーのカーペットが伸びていた。左右にはグレーのドアが連なっており、よく磨かれた金色のノブが一本の廊下に映えている。部屋の数字は404。4回ノックする。ドアがあく。画家は彼女の顔からヒールの先まで目線を移動させると、首を縦に振った。絵のモデルとして合格という意味だ。部屋の中央に一脚の椅子が置いてあった。彼女はまっすぐ椅子の場所まで歩き、そして座った。画家はやっと口を開いた。「あなたの一番最初の記憶を、頭の中で浮かべてください。その感覚をずっと味わってください。」彼女は質問した。「なぜ一番最初の記憶なのでしょう。」画家は言った。「ここに居るのにここに居ない女の顔を描きたいからですよ。」彼女は充分に納得してうなずいた。夕方の空に雷が立て続けに鳴っている。彼女は目を閉じて深呼吸をする。画家が持つグラスの氷が、一個液体に変わる。彼女は2歳の女の子になっていた。実家の居間にうっすらと母親が浮かんできた。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com