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僕が僕に人見知り。

親戚のおばさんが家にやってきた。ママはおばさんと楽しそうにおしゃべりしている。僕はだまってオレンジジュースを飲んでいる。「夕飯、食べていってくださいね」と、ママは台所へ消えてしまった。僕とおばさんは二人きりになってしまった。おばさんはテーブルに肘をついて、僕のことをじーっと見ている。「大きくなったわねぇ」と目を細めている。僕は足をぶらぶら揺らしながら、両手で握ったコップの中をのぞいている。オレンジジュースが波みたいに動いている。大きくなったって言われても、僕は普通に生きてるわけで。

親戚のおばさんは僕から目をそらそうとしない。こころの中がぞわんぞわんとしてくる。僕はおせんべいを一枚、手にとってみる。しんとした空気を壊したくて、バリバリバリと勢いよくおせんべいをかじってみる。おばさんは僕の食べっぷりを見て笑う。「ほんと大きくなったわねぇ」。僕は逃げ出したくなって「ママー指が痛いよぉー」と嘘をついてその場から離れた。

外へ遊びに行こうか。でも真っ赤な夕日はちょっとしか残っていなくて、暗い夜がじわじわと占領している。ママは台所で天ぷらを揚げている。おばさんのもとへ帰るはいやだ。おばさんのことは嫌いじゃない。でもおばさんと一緒にいる僕は、見ず知らずのまったく別の人間になってしまうんだ。大きな風が吹いて家じゅうの窓が悲鳴をあげる。僕は玄関の冷たい廊下に立っている。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com