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ディスカッションにピンチョスを。

本質的なところからずいぶん遠い街へきてしまったような、そんな空気をカットアウトするには。話を必死に戻そうと努力してはいけない。サラサラと書類をめくる音を披露しても、椅子をゆらゆらと不安定に揺らしても、何の解決もしない。グレーのワンピースに黒いエナメルのパンプスを履いた秘書が、銀色のワゴンをひきながら登場したのは、絶妙なタイミングだった。赤と緑のプチトマトにクリームチーズ。オイルサーディンにアボカド。ブラックオリーブに生ハム。ピンチョスの花畑が、会議をつかさどる。さっきからダンマリだったツイードのジャケットの彼が、ピンチョスの3層構造からヒントを得て、ディスカッションはたったの20分でしあわせな終わりかたをしたのであった。からっぽの会議室。皿の上には数枚のレモンスライスとパセリだけが残っている。高層ビルの間を、個人が操縦するヘリコプターがスイスイとくぐり抜ける。ドアの隙間から忍び込んだ銀色の猫は、テーブルに飛び乗る。皿の上の残り物に興味を示すものの、好みじゃないことがわかりそっぽを向く。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com