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旅するタンポポ。

「タンポポ、欲しいなぁ。部屋にあればいいのに。」彼女がほとんどミルク色をしたミルクティーをひとくち飲んでささやいたものだから、彼はまだ薄ら寒い春の午後、裸足のままスニーカーをつっかけながら部屋から飛び出してしまった。彼にはタンポポが咲いている場所に記憶があった。それは駅へ向かう途中、裏道に入ったところだ。(あった!)タンポポは気持ちよさそうに目をとじて、太陽のやわらかなヒカリを浴びていた。彼は黄色いタンポポの花を1本と、白い綿毛のタンポポを2本を、そっと地面から抜き取った。こころの中で(ごめんよー)と謝りながら。きっと彼女が欲しがっているタンポポは、白い綿毛の方だということはわかっていた。なぜなら繊細で掴みどころのないところが、彼女にそっくりだから。そこが彼を一番悩ませる性格であり、もっとも惹かれる部分でもあったのだ。彼はタンポポを抱えて走り出す。彼女の驚いた&嬉しそうな顔がもうすぐ見られる。ふたりの白いアパートメントが見えてきたその時、冷たい春風がひゅーっと吹いた。まぁるい綿毛はひとつひとつの小さなパラシュートに分かれて、申し合わせたように上へ上へと舞いあがっていく。彼は思わず手を伸ばしてつかもうとするが、ひとつ残らずすり抜けていく。青く澄みきった空に、昼間の星のようにまたたいている。彼はただただその光景の中に佇んでいる。

 

*「電車は遅れておりますが」 は毎週火曜日に更新しています。

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com