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顔。

鏡の前にたつ。

自分の顔をじっとみる。

面白い顔をしている。

明るさと暗さが同居している。

黒目がつやっとしている。

自分のこころのすみずみまで、

見透かしているような。

口を縦に伸ばしてみる。

少しのん気さがでる。

口を横に伸ばしてみる。

笑っているようだ。

こいつは誰だ。

ずっとこの顔と生きてきた。

この顔は確かに自分なのだけれど。

この指も、首も、脚も。

馴染みがあるはずなのに。

初めて会った人物のような気がする。

右手を上げてみる。

命令すると動くけれど、

誰が命令しているのだろう。

自分はどこにいるのだろう。

自分はこの目の前の物体の中に、

入り込んでいるのだろうか。

脳の中に潜んでいるのだろうか。

こころ細い奇妙な感覚が、

じわじわと全身を占領していく。

自分はどこから来て、

どこに行くのだろう。

子どもの頃からずっと抱いていた謎が

まったく明かされないまま、

こんなに生きてしまった。

顔をじっとみる。

何もわからない。

 

 

*「電車は遅れておりますが」 は毎週火曜日に更新しています。

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com