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ケーキのシネマ。

3階建てのケーキの2階に住んでいる白いクリームは、屋上でツンとすましたイチゴがうらやましかった。いつもスター気取りで、みんなの視線をあびて、ずるい。2階の白いクリームは、パティシエが目を離したすきに屋上まで自力で登った。そして真っ赤に輝くイチゴの上におおいかぶさった。イチゴは何か叫んでいたけれど、白いクリームはかまわず身体をのばした。3階建てのケーキはすべてが真っ白におおわれた。

ふくよかなご婦人がショーケースの中に目をとめた。「まぁ美しいケーキだこと!」白いクリームはニヤリとした。すると耳もとからイチゴの声が聞こえた。(真っ白な世界から、真っ赤な私が顔を出した時の感動ったらないわね)確かにそうだ。真っ赤なイチゴが、いっそう映えるシチュエーションだ。白いクリームは悲しくなってしまった。どうころんでもイチゴは主役なんだ。自分はどうせ脇役にしかなれない。

パティシエはいつのまにか誕生したケーキを見て、目をまるくしていた。「傑作だ!このケーキにはドラマがある。」ケーキには “雪の中の宝石”という名前がついて、街じゅうの人気をさらった。真っ赤なイチゴがふわっと登場する瞬間をイメージしながら、白いクリームは巧みに身体をのばした。白いクリームは楽しかった。ジェラシーはいつのまにか消えていた。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com