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黒いタートルネックの女。

黒いタートルネックの女は、首も肩も胴も細い。薄いシルエットが浮き彫りになっている。黒いタートルネックの女は、ほの暗いバーのカウンターに座っている。少しの振動でも割れてしまいそうなカクテルグラスを、チェリーピンクに染まった唇にあてる。

黒いタートルネックの女は、自分の部屋の様子を細部まで想い起こしている。椅子の背もたれにかかったタオル、飲み残しのコーヒーカップ、シーツの皺、ピスタチオの殻、床に散らばったレコード。さっきまで一緒だった男とつくりあげた部屋の気配を想い起こしている。それらの気配を1ミリも壊したくなくて、ひとりでバーに来た。男とつくりあげた気配は、どんなアートより芸術的で魅惑的なものだった。

黒いタートルネックの女は、カウンターごしのバーキーパーに尋ねた。「頭の中にある風景を、ずっとそのまま記憶できる魔法のカクテルはないかしら」バーキーパーはゆっくりと頷いた。目の前に届いたのは、星のように細かく砕いた氷が泳ぐ、透明に輝く美しいカクテルだった。(これは…) 黒いタートルネックの女の喉におちていく液体は、紛れもなく氷水だった。バーキーパーはひとこと添えた。「夢から覚めてください」fin

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com