服がない、服がない、服がない。
雨上がりの街で僕は服を探し歩いている。4軒もの店をハシゴしたけれど、試着まで行きつく服には出会えなかった。自宅のクローゼットをひらいても、着る服がない。街じゅうの服を見て歩いても、着る服がない。(これはもしかして自分に問題があるのだろうか)そんな気弱な発想が、疲労感いっぱいの身体に染み込んでいく。
最後の希望をかけて、5軒目の店に足を踏み入れる。こうなったらもう人頼みだ。店内を見渡し、一番綺麗な顔立ちで一番気立ての良さそうな女性スタッフを見つけて声をかける。「今の季節にいい、セーターとパンツを探しているんです。」女性は口角を少し上げ「かしこまりました」と答えると、店の奥に進んだ。
いくつかの候補の中から、あっけないほどスムーズに服が決まった。大きな鏡の前にたった僕は、濃紺のカシミヤのセーターと、煉瓦色のコーディュロイパンツを身につけていた。サイズも着心地も雰囲気も見事にフィットしている。女性は「お似合いですね」と、また口角を上げて微笑んだ。「明日、大切な用事があるんです。いい服が見つかってよかった。」僕は女性にお礼を告げた。
服が入った包みを両手で僕に手渡すと、女性は出口の方へ促した。「私の両親好みの服を選びました。」僕のプロポーズを承諾してくれた目の前の女性は、いたずらっぽい目でささやいた。「じゃ、明日ね。」結婚する前から、僕は彼女にコントロールされているのかもしれない。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。