23時15分にあの柱の陰で。
白いエナメルのブーツに脚を入れ、ジッパーを上まで引き上げる。白いファーのコートをふわりと着込むと、彼女は鏡の前まで歩いた。マスカラの調子も上々、くちびるは透明のグロスだけにして正解だった。ターンテーブルに乗ったレコードはぷつりぷつりと“終わり”を告げているし、白い猫は白いソファーで眠りについている。すべてが上手くいっている。彼女は部屋の鍵をつかみとり、そっとドアを閉める。あと9分で約束の時間。地球上でふたりしか知らない待ち合わせ場所。都会とは思えない真っ暗な道を、早足で歩く。夜の空気は液体のようにとろりとしている。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。