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サンドイッチ・ストリート。

彼は通りを歩いている。一本の大きな風が吹いてくる。空からニューヨークタイムズが飛んできて、足元に絡みついてくる。彼は前へ進めなくなってしまう。右足、左足、交互に踏み出すのだが、新聞紙が全力でせき止める。彼は帽子が吹き飛ぶのを恐れ、右手で素早く抑える。目を糸のように細めながら。しかし風の勢いはあっけなくゼロになる。新聞紙は何事もなかったように地面にへばりつく。ピンクとブルーのうさぎが新聞紙を拾い上げる。裕福なうさぎは新聞を読む習慣があると、昨日ラジオで聞いた。彼は空腹を思い出す。サンドイッチが食べられる店を探すことにする。「白いパンに常識というものを挟んであげるわ」と冷たい目線で言い放つ女給がいるカフェがいい。彼は全体で部分を知り、部分からだいたいの様子を知る訓練をしていた。雨がきそうな匂いを鼻の奥で感じながら、ジャケットの裏に刺した万年筆からブルーの液体が漏れていないか気がかりになる。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com