待ち合わせには小説を。
喫茶店のドアが開くたびに、こころが飛び上がる。今日は彼女と初めての待ち合わせ。彼は単行本を片手に、ずっと同じページを開いたままだ。ふだん小説など読まない彼だけど、“本を読んで待っている俺”でいたかった。“本に熱中して彼女が入ってきたことに気づかない俺”でいたかったのだ。
チリリン。ドアベルが鳴る。時間ぴったり。今度こそきっと彼女だ。振り返るのを我慢して本のページに目を落とす。「ごめんなさい!待った?」顔を上げると、髪をアップにした彼女。(ううん、本、読んでたから大丈夫)という言葉が出てこない。キラキラと輝く彼女の笑顔に、すべての台本が飛んでしまった。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。