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待ち合わせには小説を。

喫茶店のドアが開くたびに、こころが飛び上がる。今日は彼女と初めての待ち合わせ。彼は単行本を片手に、ずっと同じページを開いたままだ。ふだん小説など読まない彼だけど、“本を読んで待っている俺”でいたかった。“本に熱中して彼女が入ってきたことに気づかない俺”でいたかったのだ。

チリリン。ドアベルが鳴る。時間ぴったり。今度こそきっと彼女だ。振り返るのを我慢して本のページに目を落とす。「ごめんなさい!待った?」顔を上げると、髪をアップにした彼女。(ううん、本、読んでたから大丈夫)という言葉が出てこない。キラキラと輝く彼女の笑顔に、すべての台本が飛んでしまった。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com