
シーン3:老婦人と札束
黒いクロコダイルのハンドバッグをあける。
その中から濃い珈琲色の長財布を取り出す。
彼女の手は年輪を重ねたシミや皺、青い血管が浮き出ていた。
10本の指先には真っ赤なネイルが完璧に塗られ、
左手の薬指には清楚に輝くダイヤモンドが添えられている。
老婦人は長財布からゆっくりと1万円札を7枚抜き、
一瞬(ばれないように)鼻に近づけた。
お金の、あまい、匂いがした。
この行為は少女だった頃からの癖で、
その度に母親から“お行儀が悪い”と叱られていた。
7枚の札は革のトレイに置かれた。
ホテルのフロントクラークは、ゆっくりと札を数えた。
そして30パーセントほどの笑みに、あとの残りは信頼に満ちた頷きで
“確かにお預かり致しました”を表現した。
老婦人がお金を支払った。
神聖なる儀式であるかのように、すべてが美しかった。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。