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月と言葉とススキの葉。

塾の帰り、一本道は静まり返っていた。墨汁をひっくり返したような夜空に、たまご色のまるい月が浮かんでいる。道の両脇からせり出している大きな木々は怪獣のようだった。友達は拾ったススキの葉をぶんぶん振り回しながら、少し前を歩いている。

「あのさ、俺さ、塾の俺と、学校の俺と、家での俺、全然別人なんだよな」

自分はとっさに信じられないことを口にしてしまった。ひとりで悩んでいた秘密。絶対に“どこかおかしい”と悩み続けていたこと。友達は振り返ると、ススキの葉をバットにみたてて素振りをしてみせた。

「俺もだよ!」

そして彼はとぼとぼと歩き出して、自分もそれに続いた。月に照らされた彼の言葉は、自分の宝物になった。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com