
エスプレッソがGoと言った。
ショーウィンドウに飾られていたあるものに惹かれて、彼女はブティックのドアをあける。それは甘い砂糖と雪の結晶で仕上げたような、ベビーピンクのファーの襟巻き。なんて可愛らしいんだろう。
しかし彼女が手にしたのは、その隣にあるブルーグレーのファーだった。昔からそうなのだ。本当はベビーピンクを選びたいのに、自分の女性性にクールな蓋をかぶせてしまう。鏡の中の自分はいつも通りだった。
その時、エスプレッソの香りが流れてきた。(あぁこのブティックはカフェカンターもしつらえてあるのだ)エスプレッソの香りは迷いのない濃縮されたほろ苦さと、どこか夢見るような軽やかさを表現していた。先週、ボーイフレンドと別れた彼女に、エスプレッソが心地よく身体じゅうにめぐっていく。
(いまの私だったら、しっくりくるかもしれない)
ブルーグレーの襟巻きを首からはずして、ベビーピンクの方をゆっくりと巻いてみる。なめらかな肌をした彼女は、誰よりもベビーピンクが似合っていた。細かい傷をたくさん重ねて得た、深くてビターなエスプレッソのこころを持っていたから。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。