73

日用品は私のオーケストラ。

彼女の部屋をそのまま美術館で再現したら、意外と前衛的なアートになるかもしれない。そんなシニカルな考えは彼女自身から浮かんだ。

歯磨きペーストはペラペラに痩せているし、石鹸もあめ玉の最後の方みたいな姿だし、ティッシュペーパーは底をつき、駅でもらったポケットティッシュが何個も転がっている。コーンフレークの四角い箱を振ってもカスカスの音しかしないし、残り少ないマヨネーズは冷蔵庫の中で“おじぎ”をしている。

彼女は伸びすぎた前髪をすくって、ピンクのゴムで高めのポニーテールをつくった。「よし、買い物にいく」家の中の終わりかけたものたちと決別して、ピカピカなエネルギーをもった新品たちを迎えるんだ。自分のこころの中がこの部屋の風景をつくっていることを、もちろん彼女は知っていた。

外はもう暗くて肌寒くて、会社帰りのサラリーマンたちは無表情だった。ポケットに財布だけを入れた彼女は、スーパーマーケットの白いヒカリを見つけた。きっと日用品が彼女を盛り立ててくれる。たっぷりとあたたかな音色を放つ楽器のように。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

 

1
TOP
CLOSE

電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com