ズル休みの味。
上司に“熱があります”と嘘をついて電話をきった後、彼女は小さく深呼吸をして、今日いちにちの可能性の大きさに惚れ惚れした。何だってできる。会社の近くを避ければ、買い物にだって、映画にだって行ける。日帰りでのんびり温泉に浸かることも可能だ。
自分が二人の人間に分かれることに成功した今、仮の自分は自宅のベッドで寝ていてもらい、もうひとりの自分は人目を忍んでどこまでも自由に羽ばたけるのだ。昔、深夜のテレビで観たモノクロ映画が頭をよぎる。顔を別人に変えた男が、まったく別の人生を生きる内容だった。
「さて、どうするかな」彼女はベッドに戻り大の字になってみた。カーテンの隙間から覗く雲は、ゆっくりと移動している。とりあえずブランチを食べながら考えることにしよう。焼き戻したクロワッサンには、バターとハチミツの両方をたっぷり塗るつもりだ。(とワクワクしつつも、このまま夕方まで寝落ちしてしまわないように気をつけなければとおもった)