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ズル休みの味。

上司に“熱があります”と嘘をついて電話をきった後、彼女は小さく深呼吸をして、今日いちにちの可能性の大きさに惚れ惚れした。何だってできる。会社の近くを避ければ、買い物にだって、映画にだって行ける。日帰りでのんびり温泉に浸かることも可能だ。

自分が二人の人間に分かれることに成功した今、仮の自分は自宅のベッドで寝ていてもらい、もうひとりの自分は人目を忍んでどこまでも自由に羽ばたけるのだ。昔、深夜のテレビで観たモノクロ映画が頭をよぎる。顔を別人に変えた男が、まったく別の人生を生きる内容だった。

「さて、どうするかな」彼女はベッドに戻り大の字になってみた。カーテンの隙間から覗く雲は、ゆっくりと移動している。とりあえずブランチを食べながら考えることにしよう。焼き戻したクロワッサンには、バターとハチミツの両方をたっぷり塗るつもりだ。(とワクワクしつつも、このまま夕方まで寝落ちしてしまわないように気をつけなければとおもった)

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com