甘えてくださいと、月が言っている。
彼女はわざと先回りしたり、遠回りしたりして、人の気持ちと“いい距離感”をとることが得意だったゆえに、自分の気持ちを後回しにしてしまうクセがあった。「私は大丈夫」って、ずっと自分に我慢をさせていた。そして満員電車からもみくちゃになりながらホームに降りた瞬間に、それは起きた。あれ?目から飛び出した水は涙?一瞬、自分でも分からないくらいだった。地上に出ると、いつもの街がにじんでみえた。「そろそろ甘えてください」と、月がやさしく彼女を照らしていることに、彼女本人はまだ気づいていない。