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スタート15秒前、空気は透明だった。

今朝、目が覚めてからずっと、彼は布団の中で今日のマラソン大会のイメージを何度も繰り返していたから、スタート地点についた今、どこか懐かしいような妙な気分さえしてくるのだった。同じ学年の全男子が集まり、我こそが前へ前へと最前列にせり出してくる。彼はわざと2列目のポジションを狙いたくて、前へ出たり後ろに下がったりして調整をした。いよいよ体育の先生が黒いピストルを持って現れた。誰かが「ひゃー!」とおどけた声を出した。緊迫した空気を壊したかったらしい。(でもその効果はなかった)先生の手がまっすぐに頭上にあがると、パン!と乾いた音が鳴った。足は羽のように軽く、自分のものじゃないみたいだった。友達の半ズボンからでた膝裏のくぼみが、緊張した顔のようだ、とおもった。

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com