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建築士に伝えたいこと。

彼は家を建てるため、建築士と打ち合わせをしている。そして彼はさっきから同じ言葉を繰り返している。キッチンとキッチンカウンターがあれば、他は何もいらないと。建築士はベッドルームやリビング、クローゼットも必要ですよと反論するが、彼はすべてをキッチンで済ませるので大丈夫と一歩もひかない。こんなお客さんは初めてだ、と小声で建築士が漏らした。(彼にも聞こえた)キッチンでサンドウィッチを作り、煙草を吸い、ウイスキーを飲む。キッチンで手紙を書き、新聞を読み、考え事をする。キッチンで毛布に包まり眠りにつく。生活なんていらない。いや、これが彼の理想の生活なのだ。無言の時が続いた。それなら、とびきりユニークなキッチンを作りましょう。新時代のキッチン、幕開け!というような、と建築士は明るい表情で提案した。彼は首を横に振り、できるだけシンプルなキッチンがいいです、とこたえた。彼と建築士の考えは、水星と火星くらい離れていることだけがわかった。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com