服パトロール。
あぁ服がない。服がないから買いに行こう、と思った瞬間、別の考えが浮かぶ。彼女はクローゼットの中をひっくり返して、着られる服が本当にないのかを点検してみることにした。今はボーダーの気分じゃないし、今は黒いタートルネックの気分じゃないし、今はチェックのワンピースの気分じゃないし、今はライダースジャケットの気分じゃない。去年まで喜んでコーディネートしていた服が、ことごとく気分じゃなくなっている。大きな服の山ができてしまった。予想通りだった。自分は何かが変わってしまったのだろうか。これまで好きだったものが、味のなくなったガムみたいに何も感じなくなっている。一番奥から、グレーのVネックセーターがでてきた。一度も袖を通したことのないものだった。今年の春先、そうあれは英会話レッスンの初日、英語を自由にあやつる自分を想像して、嬉しくて衝動買いしたものだった。しかし英会話レッスンは3回分のチケットを使い切ったところでフェイドアウトし、グレーのVネックセーターは記憶の引き出しから消えていた。ふーっ。ぺたりと座り込む。時間はビュンビュン、新幹線からの風景のように流れていく。彼女は服を買いに行くことをやめた。このグレーのVネックセーターから、もう一度始めようとおもった。大げさかもしれないけれど、もう一度人生をやり直そうと。そして英会話も。