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服パトロール。

あぁ服がない。服がないから買いに行こう、と思った瞬間、別の考えが浮かぶ。彼女はクローゼットの中をひっくり返して、着られる服が本当にないのかを点検してみることにした。今はボーダーの気分じゃないし、今は黒いタートルネックの気分じゃないし、今はチェックのワンピースの気分じゃないし、今はライダースジャケットの気分じゃない。去年まで喜んでコーディネートしていた服が、ことごとく気分じゃなくなっている。大きな服の山ができてしまった。予想通りだった。自分は何かが変わってしまったのだろうか。これまで好きだったものが、味のなくなったガムみたいに何も感じなくなっている。一番奥から、グレーのVネックセーターがでてきた。一度も袖を通したことのないものだった。今年の春先、そうあれは英会話レッスンの初日、英語を自由にあやつる自分を想像して、嬉しくて衝動買いしたものだった。しかし英会話レッスンは3回分のチケットを使い切ったところでフェイドアウトし、グレーのVネックセーターは記憶の引き出しから消えていた。ふーっ。ぺたりと座り込む。時間はビュンビュン、新幹線からの風景のように流れていく。彼女は服を買いに行くことをやめた。このグレーのVネックセーターから、もう一度始めようとおもった。大げさかもしれないけれど、もう一度人生をやり直そうと。そして英会話も。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com