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心配いらないと彼女の歌が教えてくれた。

その日はすごく疲れていて、ホームに置かれたプラスチック製のベンチに座ったまま、電車を2本も見送ってしまった。得意先から会社に戻るだけの道のりが、重かった。何かミスをおかしたとか、上司との折り合いが悪いとか、そんなことではなく。ただ“未来の時間に綿がつまっている感じ”。

隣に人が座る。前を向いていてもそのヴォリューム感で、ふくよかな女性だとわかる。左耳から小さな鼻歌が聞こえくる。それは女性によるものだった。彼女は目を閉じてかすかに身体を前後に揺らし、歌詞は「んーんんー」だけ。何の曲かはわからない。昔流行った曲だろうか、それとも即興の曲かもしれない。自分も目を閉じてみる。女性の「んーんんー」の世界にまざってみる。安心でたっぷりとしていて、このままゆっくりと、もっと深いところまで潜ってみる。

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com