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ラウンジに必要なひとつかふたつのこと。

彼には荷物がない。仕事場もない家もない。

ホテルのラウンジがあれば、彼の生活のほとんどはまかなえる。キュウリとハムが挟まった薄いサンドウイッチと、ブラックコーヒーがあれば生きていける。ラウンジには少々条件がある。天井はどこまでも高くなければならない。客がまばらでないといけない。カトラリーが重なる音や、談笑の声が遠くからかすかに聞こえる感じがいい。音楽はいらない。

プールで濡れた髪をゴムで縛ったティーンエイジャーがふたり、フロントを横切っていくのが見える。彼女たちはそれぞれ、濃いオレンジと薄いブルーのアイスキャンディーをなめている。みずみずしい肢体を持つふたりは、無意識のうちにアイスキャンディーさえもカラーコーディネートしているらしい。自分たちが美しいことを充分に知っており、また惜しげもなく魅了することも大切な暇つぶしのひとつに違いない。

白い麻のスーツを着込んだ紳士が、彼のもとへ近づいてくる。脇には茶色の封筒を抱えている。その中に何が入っているのかは、透けて見えるようだった。紳士は無表情で彼の前に腰掛けた。今日の仕事はこれで終了だ。

 

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com