ラウンジに必要なひとつかふたつのこと。
彼には荷物がない。仕事場もない家もない。
ホテルのラウンジがあれば、彼の生活のほとんどはまかなえる。キュウリとハムが挟まった薄いサンドウイッチと、ブラックコーヒーがあれば生きていける。ラウンジには少々条件がある。天井はどこまでも高くなければならない。客がまばらでないといけない。カトラリーが重なる音や、談笑の声が遠くからかすかに聞こえる感じがいい。音楽はいらない。
プールで濡れた髪をゴムで縛ったティーンエイジャーがふたり、フロントを横切っていくのが見える。彼女たちはそれぞれ、濃いオレンジと薄いブルーのアイスキャンディーをなめている。みずみずしい肢体を持つふたりは、無意識のうちにアイスキャンディーさえもカラーコーディネートしているらしい。自分たちが美しいことを充分に知っており、また惜しげもなく魅了することも大切な暇つぶしのひとつに違いない。
白い麻のスーツを着込んだ紳士が、彼のもとへ近づいてくる。脇には茶色の封筒を抱えている。その中に何が入っているのかは、透けて見えるようだった。紳士は無表情で彼の前に腰掛けた。今日の仕事はこれで終了だ。