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エレヴェーター・マニアの視線。

銀色のドアが開く。

ミルクティー色のハイヒールで、右足から乗り込む。ピンクのネイルを施した指は、ロビー階のボタンを押す。外国人マダムのあまい香水が、かすかに残っている。古くて広いエレヴェーターは、ゆっくりと下降していく。木づくりの壁はていねいに磨き上げられており、落ち着いた輝きを放っている。ボタンは丸く飛び出していて、階数を示す数字のフォントは固めのゴシックだ。天井からはあたり障りのない、エレヴェーター・ミュージックが聞こえている。足元の赤い絨毯には、ホテルのロゴマークが描かれている。このエレヴェーターは、ほぼ彼女の好みを満たしていた。すべては上手く事が運びそうだ。彼女の予感はたびたび的中するのだ。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com