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それでも時間は私にやさしい。

細い手首に巻き付いた狂った腕時計を信用しないかわりに、彼女の時間に対する考え方は彼女自身を幸福にした。こうして地下鉄に揺られているあいだも、冷蔵庫に眠っている卵は確実に劣化がはじまっており、つり革につかまった自分の美しい腕も、数十年後には無数の線が生まれてくるのだ。万歳。時は進む。実験は続く。(愉快な実験)この瞬間も終わり、終わりが続いていく。真っ暗な5時15分に目覚めたとき、朝なのか夕方なのかわからなかった。床に落とす足裏はひんやりと冷たく、カーテンから覗く空には星があった。テレヴィをつけるのをためらったのは、ニュースキャスターの様子が“地球は今何時か”を伝えてしまうから、そのままにしておいたのだ。時間そのものと遊んだ。(回想)どんな時間でも、手つかずで新品だから彼女には興味深かったのだ。まつ毛が濡れた赤ん坊と目があう。もうすぐ駅に着く。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com